個人事業主の事業承継:同一生計の親族に対する在庫の引継ぎについて
はじめに
生前に個人事業主甲が生計を一※の子である乙に事業承継をした場合の在庫の引継ぎに関する税務上の留意点について検討したいと思います。
生計を一にするとは、納税者と有無相助けて日常生活の資を共通にしていることをいい、納税者がその親族と起居をともにしていない場合においても、常に生活費、学資金、療養費等を支出して扶養しているときが含まれる。
なお、同一家屋に起居していても、互いに独立し、日常生活の資を共通にしていない親族は、生計を一にするものではない。
前提として、
- 甲は消費税の課税事業者
- 乙は事業承継を機に開業、消費税の課税事業者選択届出書を提出するものとします。
消費税
事業廃止時の在庫又は在庫以外の資産を後継者に引き継ぐ場合は、消費税法上、家事消費等という行為に該当し、「仕入金額」又は「販売価格の50%以上の金額」のいずれか大きい方の金額で譲渡したものとみなされます。
甲の処理
事業承継時の在庫をもとに上記金額で譲渡したものとして消費税を計算します。この処理漏れが多いため、会計検査院指摘項目となっており、今後の税務調査では念査項目としてみられます。
https://www.jbaudit.go.jp/report/new/summary30/pdf/fy30_zumi_070.pdf
消法第4条
5 次に掲げる行為は、事業として対価を得て行われた資産の譲渡とみなす。
一 個人事業者が棚卸資産又は棚卸資産以外の資産で事業の用に供していたものを家事のために消費し、又は使用した場合における当該消費又は使用
消基通5-3-1 家事消費等の意義
法第4条第5項第1号《個人事業者の家事消費等》に規定する「棚卸資産又は棚卸資産以外の資産で事業の用に供していたものを家事のために消費し、又は使用した場合」とは、同号に規定する資産を個人事業者又は当該個人事業者と生計を一にする親族の用に消費し、又は使用した場合をいう。
消基通10-1-18 自家消費等における対価
個人事業者が法第4条第5項第1号《個人事業者の家事消費等》に規定する家事消費を行った場合又は法人が同項第2号《役員に対するみなし譲渡》に規定する贈与を行った場合(棚卸資産について家事消費又は贈与を行った場合に限る。)において、次の(1)及び(2)に掲げる金額以上の金額を法第28条第3項《みなし譲渡に係る対価の額》に規定する対価の額として法第45条《課税資産の譲渡等及び特定課税仕入れについての確定申告》に規定する確定申告書を提出したときは、これを認める。
(1) 当該棚卸資産の課税仕入れの金額
(2) 通常他に販売する価額のおおむね50%に相当する金額
乙の処理
課税事業者選択届を提出すれば、甲側で譲渡したものとみなされた金額を後継側では課税仕入れとして消費税を計算します。免税事業者の場合はこの論点は生じません。課税事業者選択届を提出した場合、2年間は強制適用のため、2年目も免税事業者にはなれません。
※一の単位が1,000万円以上の棚卸資産は高額特定資産に該当しますが、ここでは詳細な説明を割愛します。
消基通11-1-1 課税仕入れ
課税仕入れとは、事業者が、事業として資産を譲り受け、若しくは借り受け、又は役務の提供を受けることをいうから、個人事業者が家事消費又は家事使用をするために資産を譲り受け、若しくは借り受け、又は役務の提供を受けることは、事業として行われるものではないから、課税仕入れに該当しないことに留意する
所得税
所得税では、生計を一にする親族との対価の授受は所得計算に影響させないのが常でですが、第三者に売却予定のたな卸資産の場合、以下の規定(所法39条)の適用があります。
甲の処理
生計を一にする親族への当該在庫の引継ぎは総収入金額(売上)に算入します。
乙の処理
当該在庫の引継ぎは、所得税上、仕入に計上する必要があります。
※上掲、非常に多くの文献にあたりましたが、直接言及しているものはないため、趣旨から結論をだしています。
所法第56条 事業から対価を受ける親族がある場合の必要経費の特例
居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合には、その対価に相当する金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入しないものとし、かつ、その親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入する。この場合において、その親族が支払を受けた対価の額及びその親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は、当該各種所得の金額の計算上ないものとみなす。
※所法第39条 たな卸資産等の自家消費の場合の総収入金額算入
居住者がたな卸資産(これに準ずる資産として政令で定めるものを含む。)を家事のために消費した場合又は山林を伐採して家事のために消費した場合には、その消費した時におけるこれらの資産の価額に相当する金額は、その者のその消費した日の属する年分の事業所得の金額、山林所得の金額又は雑所得の金額の計算上、総収入金額に算入する。
贈与税
実際に対価を支払わず在庫を引き継ぐと、先代から後継への贈与になり、贈与税の問題が生じます。すぐに対価の支払いを行えない場合は、贈与税課税を回避するために、双方で金銭消費貸借契約を交わし、返済をしていくのがいいと思います。
贈与税率(特例税率)
基礎控除後の課税価格 | 200万円 以下 |
400万円 以下 |
600万円 以下 |
1,000万円 以下 |
1,500万円 以下 |
3,000万円 以下 |
4,500万円 以下 |
4,500万円 超 |
|
税 率 | 10% | 15% | 20% | 30% | 40% | 45% | 50% | 55% | |
控除額 | ‐ | 10万円 | 30万円 | 90万円 | 190万円 | 265万円 | 415万円 | 640万円 |
親子間金消が贈与認定されないためには
- 契約書に返済期日、返済予定は必ず明記
- 元本返済は絶対に通帳間で、なお約弁付でなくても1年後12か月分後払いでもギリギリ問題になりません。
- 利息は僅少ですので事実上無視していただいても結構です。
法人間では寄附受贈が認定されますが、個人間では例えば借地権課税の使用貸借に見られるように必ずしも利益追求を目的としていません。したがって金額僅少、利息の収受は必須ではない、という理由で課税がなされることはまずありません(よほどの多額の元本でなければ)。心配なら利息の収受があっても構いません。この論点に関しては元本返済「だけ」が極めて重要です。
その他参考記事
高木誠
※この記事は2020年4月現在の法令等に基づき作成しています。