NEWS

お知らせ

続編のない物語 ──税理士が AIに判断を委ねた先に感じていること

主体なき社会 ── AIに判断を委ねた先に残るもの

トランプが安全保障上の理由で禁止した「Claude Fable 5」が、再び日本でも解禁された。8日からは完全重量課金となるようだ。使っている人はそのヤバさを感じていると思うが、僕は率直に「そろそろ人類終わるかもな」と思った。

文明は例外なく崩壊してきた

考えが飛躍しているわけではなく、20代後半からずっと思っていたことがある。この宇宙は138億年、地球は46億年、ホモ・サピエンスは20〜30万年。歴史上、地球上に存在した種の99%以上は絶滅していて、文明も例外なく崩壊してきた。シュメールもローマもマヤも、当時の人々には自分たちが永遠に見えていたはずだ。
当然、税理士の仕事も永遠ではない。僕の仕事がそのうちなくなる前に、段階的に考えておきたいことがいくつかある。

「判断」が「承認」に変わっていく

最近、あらゆる仕事のタスクをAIに委ねるようになり、法律家としても「どう読むか、どう処理するか、何を話すか」をAIに委ねることが増えた。個々は小さな委譲でも、積み重なれば「判断を行う主体は誰か」が曖昧になる。
小さな委譲の積み重ねで思考は希薄化し、我々が行っているのはもはや判断ではなく、判断のように見える「承認」や「確認」のようなものになってきている。判断の実務は、人間から少しずつ離れていっている。
そして、人間が判断の主体でなくなっても、AIが主体になるわけではない。AIは舵を握らない。つまり「主体なき社会」になる。これを人類の営みと呼んでいいのか、モヤモヤしている。

消えるのは「作業」ではなく「育つ環境」

既に、個人事業主や小さな会社でそれなりにAIを駆使できる人は、税理士がいなくても何とかなる。細かい不具合はたくさん想定できるが、機会損失を割り切ればなんとかなる。
怒られると思うけど、税理士って大体アホなので「作業はAIに任せて、我々は生産性の高い仕事を」とか言っている。そういう浅い問題ではない。消えるのは「作業」ではなく、「作業を通じて判断力や実務の勘所が育つ環境」なのだ。

継承という営みの衰退

これからは書かなくてよい、記憶しなくてよい、判断すらしなくてよい。やがて他者を必要としなくなる。
文明を支えてきたのは技術そのものではなく、技術を継承するために人間同士が教え、学び、ぶつかり合う営みだった。そういった営みは衰退に向かっている。身近なところでは、マッチングアプリ、未婚化、少子化の流れを見ていれば、皆心当たりがあると思う。
ソクラテスは「文字が記憶を滅ぼす」と恐れ、実際にある種の記憶術は滅びた。文字によって記憶を外部化し、想起する力が衰えたのだ。AIにあらゆるものを外部化した結果、実際に今何が失われているか──感覚的に気付く人が出てくるフェーズに、もう入っていると思う。

「滅びる」と「終わる」は違う

「滅びる」と「終わる」は同じではない。ローマは滅びたが、法と言語と道路はその後の文明に流れ込んだ。つまり多くの場合、滅びは「形を変えた継承」となる。鳥が恐竜の続きだと言えるのは、飢えて、怯えて、繁殖して、死ぬという営みが途切れず続いているからだ。形は変わっても、連続している。
でも、人間→AIのバトンは違う気がする。それは連続ではなく、断絶な気がする。後に残るのは、運転手がいないのにシステムだけが走っている社会。それは人類の続きではなく、別物な気がする。

続編のない物語だからこそ

もし別物だとしたら、今自分が生きている社会、ホモ・サピエンスのこの20〜30万年は本当に一回きりで、代わりの利かないもの。続編がない物語だ。
それは、めちゃくちゃ尊いことだと思う。だから危機感はない。仕事はこれまでどおり丁寧に。子供達には「今を楽しんで生きろ」と伝えたい。
──と言いつつ、まだ年々仕事は増えている。終わりが来るまで駆け抜けたい。
誰にも共感されない話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。